官弊社・国弊社とは何か?【神社の用語を簡単解説4】

官幣・国幣社神社・神道用語解説
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現在では旧官弊社・国弊社という呼称で使われていますが、神社の情報を紹介するものとして目にしたことがあるでしょう。

 

官弊社・国弊社とは一体何を意味するのか。

 

改めて確認していきます。

 

 

官弊社・国弊社とは?

Photo by Karen Mollison on Unsplash

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官弊社(かんぺいしゃ)・国弊社(こくへいしゃ)という言葉は、神社のランク付を表すしています。

最初の官国幣社制度は平安時代に。2度目は明治時代に制定されました。その後戦後廃止されています。そのために現在は「旧官幣社」といった表記になっているのです。

 

 

最初の官国幣社制度:延喜式による式内社の社格

平安時代に策定された、神社の取り決めを記したルールブックである延喜式。この延喜式の中で平安朝廷に認められ延喜式に登録された神社は、官弊社と国弊社の2種類に分けられました。 

 

官弊社と国弊社の違いは、幣帛(へいはく)、つまり祭祀の際のに対する供物を、どこから奉られるかという点です。

  

 

・官弊社・・・神祇官(じんぎかん・かんつかさ)から幣帛を奉られる。

       神祇官とは、律令制度の中で定められた、朝廷の祭祀を司る官庁名を指す。

 

・国弊社・・・国司(こくし・くにのつかさ)から幣帛を奉られる。

         律令制度における地方の行政官を指す。中央から派遣された貴族が中心。

 

  

現代の日本で言えば、国からお供物を受け取るか。もしくは地方自治体から受け取るかの違いです。

 

 

そして平安朝における官弊社と国弊社は、官幣大社→国幣大社→官幣小社→国幣小社の順で4つに格付けられました。

 

 

 

2つ目の官国幣社制度:近代社格制度

明治政府は天皇復権を目指し、神仏習合の慣習を滅すべく、神仏分離政策を打ち出しました。これによって神仏習合は終焉を迎え、多くの寺が廃寺に追い込まれています。

 

 

それと同時に明治政府が打ち出したのが、近代社格制度です。明治4年に政治を司っていた太政官からの宣告として発表し、全国的に有効なルールの一つとして制定されました。 

 

 

太政官制度とは

   ・天皇が選任した太政官を絶対権力とする構造

   ・各省庁は太政官の命に従わなければならない

 

 

明治期以降、官弊社と国弊社の定義は以下の様に変更になっています。

 

 


・官弊社・・・宮内庁から幣帛を奉られる。

       皇室の崇敬を受けた神社もしくは、天皇や皇室を御祭神とする神社が多い。

  


・国弊社・・・国庫から幣帛を奉られる。

       地方との関係に重きを置いている神社が多い。

 

 

また官弊社と国弊社の格付けは6つに分類され、大官弊社→大国弊社→中官幣社→中国弊社→小官幣社→小国弊社となっています。

 

さらに明治期には別格官幣社も新設されました。これは官社として祭祀されるべきだが、比較的新しい神社が名を連ねています。

このほかにも諸社として、府県社・郷社・村社・無格社と細かく区別されました。

 

・府県社・郷社の幣帛料・・・都道府県から奉られる。

 

・村社の幣帛料・・・市町村から奉られる。

 

 

この様に、その由緒や政治的つながりによって神社を細かく格付けしたのが、近代社格精度です。

 

  

 

 

まとめ

Photo by Marek Piwnicki on Unsplash

 

本来は格付けなど存在しなかった神道の世界に政治が介入し、神社をランク付した官幣・国幣社制度。官幣大社62社に始まり、長きに渡り政治による宗教利用に活用されてきました。 

 

しかし八百万の神々にはランクなど存在しません。それぞれがそれぞれの役割を果たしてきた様に、太平洋戦争後、社格制度は取り払われ、現在はその名残を残すに過ぎません。

 

 

もはや形骸化してその名称だけが人間の歴史を物語る官幣・国幣社制度でした。

 

 

 

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