生田神社Part2:パワースポット生田の森は歴史ミステリーの宝庫

生田の森神社情報(県別)
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生田神社の奥まったあたりにひっそりと佇む生田の森。

御神木である楠に守られ、一種この世の異界かと見まごう程の、神がかった雰囲気を醸しています。

 

古来はもっと広い範囲に広がり、源平の合戦の地となった歴史も持つ生田の森。

御神木。縁結びの水占いみくじを執り行う池。そして謎多き歴史的女傑、神功皇后も祀られています。

 

この世に泣きながら生まれ落ち、恋に苦しみ、欲によって怒り争う。そんな人間の営みを静かに見守り続けた御神木が知るであろう景色を、今日は以下の4つ側面から切り取ってご紹介します。

 

・ヒーリング・パワースポットとしての生田の森と御神木

・良縁を願う人々の心に寄り添う水占いみくじ

・天下取りを望む頂上決戦、源平の合戦

・実在?伝説?卑弥呼と並んでミステリアスな強く美しき女性、神功皇后

 

 

 

繁華街に舞い降りしヒーリング&パワースポット、生田の森

画像引用:https://pixabay.com/images/id-1117682/

生田神社内に鎮座する生田の森。御神木はクスノキです。

  

関西にはクスノキが多く植えられていますが、生田の森の様な巨木はそう多くありません。生田神社が1800年ほどの歴史を持ちますが、同じ様に長きにわたって神戸三宮地から、人々を見守ってきたのでしょう。まさに御神木。神の宿る木です。

   

  

以前は神聖な場所として、一般人の立ち入りは禁じられていたと言われています。現在は広く開放されており、癒しを求めて訪れる人が後を断ちません。

  

  

クスノキは、その葉をちぎると樟脳(しょうのう)の香りがします(御神木の葉を千切ってはいけませんが・・・)。昔は防虫剤の代わりにも使われていたほど、ツンと鼻を通り過ぎて脳に突き刺さる様な刺激的な香りです。虫害や腐敗に強く、仏像や船などの材料としても用いられてきた植物。それがクスノキです。

 

その芳香で厄払いするかの様なクスノキの巨木に守られた生田の森が、賑わしい現世と一線を画す様な静けさに満ち満ちているのもうなづけます。

 

 

巨木のクスノキの足元には背の低い植物が生い茂り、御神木に守られながら共生しています。マイナスイオンに満ち満ちていることが肌で感じられ、強張った心身も緩んでいくのが感じられるでしょう。

  

外よりも体感温度が低く感じる生田の森は、良縁が欲しい、商売に成功して富が欲しいと、欲に塗れて荒ぶる心を鎮めるのにぴったりなエリアとも言えます。

  

 

 

流転する水の神に未来の行方を問う、水占いみくじ 

Photo by sergey mikheev on Unsplash

恋の行方を占うおみくじには、京都の貴船神社をはじめ、水占いみくじが多く存在します。

  

  

生田神社の水占いみくじも、よく当たる水みくじとしてマスコミでも取り上げられ、今なお絶大な人気を誇ります。

  

  

農耕民族である日本人にとっては、水の神、水神は最も重要な神の一つでした。水は汚れを洗い流し、命を育んで豊穣をもたらし、留まることなくいかなる形に囚われることのなく流転します。

 

時に反乱を起こし、人命まで奪うほどの荒ぶる一面も持つ水神。生田の森の御神木の足元を静かに流転しながら、執着する心を洗い流し、目指すべき道を示してくれる。それが、生田神社の水占いみくじのもたらす御神託なのかもしれません。

 

 

生田神社の水占いみくじは、授与所にて300円で授かることができます。授与所から生田の森までは少し距離があり、授与所以外の場所で水占いみくじを授かることはできません。

 

水占いみくじをされた時は、あらかじめ授与所で求めてから参拝を始めるとスムーズです。

 

 

生田の森で執り行われる水辺の催し

生田の森を流れる小川では、毎年春が来るとゲンジボタルの幼虫を放流しています。初夏にはホタル鑑賞の夕べも開催されます。

 

また毎年4月には、平安の昔に思いを馳せて貴族の歌遊びを体験する曲水の宴も開催されます。

 

社会情勢によって変更になる可能性もありますが、生田神社の公式ホームページInstagramをぜひチェックしてみて下さい。

 

 

源平の合戦が繰り広げられた舞台、生田の森

Photo by Ryunosuke Kikuno on Unsplash

生田の森は、源平の合戦の際には源氏と平氏が直接対決を迎えた古戦場でもあります。勢力に着実に伸ばす源氏と、再び「平家にあらずんば人にあらず」と豪語した世を取り戻したい平氏。この対決は、どちらにとっても決して負けられない、決死の対決であったと言われています。

 

 

東はこの生田神社の地、西は一ノ谷、現在の神戸市須磨区のあたりまでの広いエリアに、平氏の主力部隊である平知盛と重衡らが陣地を構えていたと言われています。北には厳しい崖のそびえる山、南は海というこの立地は、まさに天然の要塞でした。

 

迎え撃つは、源幕府の重鎮、畠山重忠。そして源頼朝の危機を救い重用された梶原景時率いる源軍。

 

 

先陣として乗り込んだ河原高直、盛直兄弟が討ち死にを受け、戦況厳しい源氏でしたが度重なる奮闘によって平氏の主要な武将の多くが命を落としました。結局、源氏の優勢にて幕を閉じたと言われています。

 

 

今は規模も小さくこじんまりした印象の生田の森ですが、古来はまさに森と言えるほど広大な森林であったとされています。

 

鬱蒼とした生田の森の中で繰り広げられる勢力争い。そして失われていく命の様を、御神木も見つめていたのでしょうか。

 

 

 

 

 

稚日女尊の神託も受けた巫女で、安産の神となった神功皇后

 

生田神社の創建にあたっては、祭神である稚日女尊の御神託を受けた神功皇后の存在はなくして語れません。

 

 

 

 

 

女性の社会進出の先駆け、神功皇后

神功皇后は第14代天皇、仲哀天皇の皇后です。仲哀(ちゅうあい)天皇が若くして崩御。その後亡き仲哀天皇に代わり、子である第15代天皇、応神(おうじん)天皇即位までの約70年間に渡って、摂政として政権を握ったことでも知られています。

 

  

神功皇后は、日本の歴史の中で初めて登場した摂政であり、より一層の豊かな土地を求めて三韓征伐にも乗り出した強き女性として歴史書に刻まれました。

 

 

神功皇后は実在しない架空の人物なのか

神功皇后は、古事記や日本書紀にも登場する皇族の一人です。

 

 

幼少からすでに頭角を表していました。美しい容姿と秀でた武芸の技術は、知る人ぞ知る存在であったとして描かれています。

 

夫である仲哀天皇亡き後は、自らが先陣を切って政を取り行ったことからも、才能に溢れた強く賢い女性であったことがうかがえるでしょう。

 

 

明治時代には切手や紙幣に神功皇后の肖像画が描かれており、実在の偉人の一人として尊敬される存在でした。

 

 

しかし神功皇后について回るのが、架空の人物説。

古事記や日本書紀の歴史書というよりは物語要素の強さもあって、太平洋戦争以降現在では、神功皇后は伝説上の人物であろうという見方が有力です。

 

 

ただ神功皇后を祀る神社は日本の各地に存在します。生田神社もその一つです。また各地に残る神功皇后の伝承と歴史書の記載内容が合致しているのも事実。このことから、神功皇后は実在したと主張する向きもあります。 

 

 

才能溢れた強き聖母神、神功皇后

生田神社内、生田の森には神功皇后を祀った生田森坐社があります。

 

御祭神は息長足姫大命(おきながたらしひめのみこと)。古事記の中に記された神功皇后の名称です。

 

 

神功皇后の名称には各種あります。

・日本書紀:気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)

・古事記:息長帯姫大神(おきながたらしひめのみこと)又は大帯比売命(おおたらしひめのみこと)

・続日本後紀:大足姫命皇后 (おおたらしひめのみこと)

・日本三代実録:大帯日姫(おおたらしひめのみこと)

 

いずれも神功皇后を指すと言われています。

  

 

一人で子を成し、出産時期もコントロールした神功皇后 

神功皇后は聖母神として安産祈願の社、生田森坐社に祀られています。

 

 

神功皇后が子であり後の応神天皇を授かったのは、夫である仲哀天皇の崩御後でした。キリスト教の聖典である聖書の中で、イエスキリストの母であるマリアが処女のまま懐妊したのと同様、神功皇后もまた一人で子を成した奇跡の人です。

 

 

しかも神功皇后のお腹に応神天皇が宿っていたそのタイミングで、神功皇后は神託を受けて、朝鮮半島への遠征を実行しています。つまり妊娠中の身重の体のままで、戦の最前線に立ったのです。

 

 

神功皇后の伝説はこれだけに止まりません。なんと鎮懐石(ちんかいせき)と呼ばれる3つの石を腰に巻いて腹部を冷やし、出産時期を遅らせることに成功。その妊娠期間15ヶ月とも言われています。

 

そして妊娠中の体のまま朝鮮半島に出兵。当時の朝鮮半島を治めていた新羅を平定したとされています。

 

 

朝鮮半島から晴れて凱旋した身重の神功皇后は、無事応神天皇を出産。摂政として、逝去するまで政権の最前線に立ち続けたのでした。

 

 

もはや人間技とは思えない数々の奇跡を成したスーパーマンが神功皇后です。こういった神業の数々とともに語られることもあり、神功皇后は架空説が優勢になっているのはやむないこととも思えます。

 

 

 

八幡信仰の広がりとともに聖母、神功皇后もまた伝承される

神功皇后の子である応神天皇は、日本全国で4万社あまりもあると言われる日本一多い神社、八幡神社の祭神です。 

 

 

神功皇后の実在が危ぶまれる流れを受け、その子である応神天皇についても架空説が有力ではないかと言われています。

 

 

しかしさまざまな武将から熱い支持を受けた八幡信仰。そしてその主祭神である応神天皇とその母、神功皇后は、今なお熱い信仰の対象として全国各地に深く根付いています。

 

 

聖母である神功皇后は、安産祈願の対象として、日本中の母を見守り支える神となっているのです。

 

 

生田の森の中でも奥まった箇所にひっそり佇む生田森坐社。そこから感じられるのは豪傑の皇族ではなく、子孫の幸せを静かに祈り続ける優しくたおやかな母の様でした。

 

 

種の保存は母となる女性のみならず、全ての生きとし生けるものの願いです。生田森坐社の神となった神功皇后もまた、人々の幸せを見守っているのかもしれません。

 

 

  

 

最後に

規模こそこじんまりとしているものの、入り口に一歩立つとその凛とした空気にハッとさせられる生田の森。

 

 

一般人が無闇に立ち入ることを禁じていた時期があることにもうなづけるほど、異界の空気を放っています。清き水が流れ、御神木を中心に一つの宇宙を構成しているようです。

 

 

今回は、生田の森に視点を置いて、この小宇宙で繰り広げられるさまざまな物語の一部を切り取ってみました。

 

 

あなたは生田の森で、どんな物語に出会うでしょうか。ぜひ参拝の際は執着や欲に塗れた思いを一旦外において、深呼吸してみてください。

 

 

帰途に着く頃には、生まれ直したような気持ちになっていることでしょう。

 

 

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