太陽太陰暦とは?【暦の用語解説】

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太陽太陰暦とは、古代の中国で使われていた暦です。

 

 

太陰暦や陰暦とも呼ばれます。

  

 

太陽太陰暦は、大和朝廷の時代、朝鮮半島の百済を介して日本に伝わったとされています。

 

 

そして太陽太陰暦をベースに、日本の最初の暦も作られたという説が有力です。

 

 

太陽太陰暦は月の満ち欠けの周期で動く

Photo by Mark Tegethoff on Unsplash 

日本で最初に使われていた暦は、太陰太陽暦を元に作成されたと言われています。

 

 

太陰暦の1ヶ月は、月(=太陰)が満ち欠けする周期に合わせているの特徴です。

 

 

もう現在私たちが主に使っている1年が12ヶ月の暦は太陽暦と呼ばれ、古代ローマ由来の風習の影響を受けた暦であると言われています。

 

  

 

月が地球を一周するのに要する日数は、約29.5日です。

 

 

そのため1ヶ月30日の月と29日の月を作って調整しました。

 

 

その中でも、1ヶ月30日の月は「大の月」。

一か月29日の月を「小の月」と呼び分けています。

 

 

 

 

太陽太陰暦では暦と季節がズレる

https://pixabay.com/images/id-3608029/

ところが太陽が地球の周囲を一周するのに要する日数は、約365.25日。

季節はこの太陽の周期によって移り変わります。

 

 

大小の月の繰り返す暦では、徐々に暦と季節がズレてしまいます。

 

 

30日に月が6回+29日の月が6回=354日

太陽の周期=約365.25日

 

11.25日近くも1年でズレてしまう計算です。

 

 

 

これを調整するために、2~3年に1度は閏月(うるうづき)を設けて13ヶ月ある年を作り、季節と暦が合致するように調節しました。

 

 

 

  

暦と季節がズレるので、適宜閏月を挟んで調整するというアバウトさが、太陽大尉陰暦の大きな特徴です。

 

 

さらに太陽太陰暦では、大小の月の並び方も毎年変わっていたと言われています。

 

 

 

 

大小暦の登場と流行

​​

国立国会図書館より・河鍋暁斎画・ええじゃないかの踊りを大小暦に模した1枚 

大の月と小の月の並び方や閏月の有無はイレギュラーであったため、当時の人々にとって暦を把握することは重要でした。

 

 

そのため代金の支払いや取り立ての必要な商人を中心に、大と小の看板を作って店頭に掲げるなどして、広く周知するようになったと言われています。

 

 

これが次第に、ただ大と小を示すだけでなく、絵や文章を折り込んで楽しむ習慣が生まれ、年の初めに絵柄の暦を交換したり、贈り物にする習慣も生まれました。

 

 

大小暦の流行は拡大。

時代が降り江戸時代になると、有名な画家が大小暦の絵柄を書くこともあったと言われています。

 

 

一見すると不便に思える太陰太陽暦や大小暦ですが、曖昧さの中に楽しみを見出し、独自の文化を生み出すあたりに、日本人の粋を感じずにはいられません。

 

 

  

 

太陽太陰暦は政治的に不都合があった

Photo by Marco Oriolesi on Unsplash

太陽太陰暦は、イレギュラーに大小暦や閏月が入り組むため、朝廷や幕府によって管理されていました。

  

 

しかし明治維新後の改革に伴い、太陽太陰暦に変わって、月の配列が一定な太陽暦を使うよう改められました。

 

 

日本の近代化に伴い、すでに海外では標準の暦として使用されていた太陽暦に改める、というのが名目です。

 

 

ただ暦が一定でない太陽太陰暦では、税収も不安定になりやすいデメリットがあります。

また暦を把握していない人も少なからずおり、一斉に国民を管理することが難しくなることから、太陽暦に統一し、同じサイクルで1年が巡る暦に変更する必要もあったのでしょう。

  

 

 

まとめ

Photo by Kyrie kim on Unsplash

明治維新によって過去のものとなった太陽太陰暦や大小暦ですが、今なお廃れることなく、また現代に生きる私たちを惹きつけて止みません。

 

 

 

現代社会では通用しないであろうイレギュラーに日数を変える太陽太陰暦。

 

 

しかしそこには、時の流れるままに柔軟に対応しながら、その時々を楽しんでいた古来の日本人の微笑ましい姿が垣間見えるようです。

 

 

現代に生きる私たちが学ぶべきことも、そこにあるのかもしれません。

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